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January 30, 2005

New Lanark part3 -Robert Owen-

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この写真(Donnachie, I & Hewitt, G., 1993, p.60, Fig4.1)はこのブログでも度々名前が出てきましたRobert Owenです。貧しい生まれではあったのですが、学校での成績が優秀だったそうです。学校を卒業後は織物商、紳士用服飾品などの卸売業、小売業の経験を積み、その後、製造業へと転進をしていきました。当時、紡績産業のメッカであったマンチェスターの地において、様々な経験と人脈を獲得していきました。そして、New Lanarkの経営者であるDavid Daleの娘、Caroline Daleと出会い、New Lanarkの共同経営者となったわけです。彼が29歳の時のことでした。Robert Owenが経営を引き継いだ当初は向上の労働者である村人との間に信頼関係が築くことが出来ず、また、経済的な利益向上を図ることが必要であったために、労働時間が13時間から14時間に増えたり、飲酒に対しての罰則を強化したり、また、労働の監視なども強めていきました。その後、徐々にではありますが、村民のRobert Owenを受け入れ始めた頃、一つの事件が起こりました。それは、アメリカが綿花の輸出を禁止したために、何ヶ月かの間、工場の機械が止まったのです。この間、経営者であるRobert Owenは労働者に対する給料を1ペンスも差し引くことなく支払い続けたということです。これは、彼の義理の父であり、村民からの信頼の厚かった前経営者であるDavid Daleが1788年の火災で工場が全焼した際にとった行動と同じでした。これを大きな転機として、Robert Owenは村民たちの尊敬と信頼を勝ちとされています。次回以降では、この後、Robert OwenがNew Lanarkで行った社会実験について掲載していきますが、如何にすばらしいアイデアや思想であっても、コミュニティにおける相互の信頼関係無しには何事も始まらなかったということだと思います。

(参考文献)
Donnachie, I & Hewitt, G. (1993) Historic New Lanark, Edinburgh: Edinburgh University Press.

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January 25, 2005

New Lanark part2 -David Dale-

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この写真(Donnachie, I & Hewitt, G., 1993, p.36, Fig3.1)は18世紀後半の紡績工場の内部のイラストです。New Lanarkはそもそも、この地を世界的に有名にしたRobert Owenの義理のお父さんであるDavid Daleによって、1785年に建設されたことに始まります。このイラストの中にも子供の姿が見られますが、当時は産業革命の流れが加速していくという時代背景の中、子供も労働力としての大きな役割を担っていましたが、ここNew lanarkでも、労働力として約400人の孤児たちを寄宿させていました。現代から見ると労働条件は過酷であったことは確かですが、記録によると、New Lanarkにおける衛生面での環境は当時のトップクラスの水準を誇っていたと言われています。例えば、子供たちの服やリネンの交換のサイクルや、寄宿舎の換気、清掃、補修時期などが細かく規定されていました。また、David Daleは工場の中に学校を設立し、さらに、その学校の中には、工場共同体では始めてと言われる6歳児以下の幼児教育が提供されていました。その後、工場の経営は娘婿であるRobert Owenに任され、歴史に残る社会実験が行われることになりますが、工場が出来たときには既に、より良いコミュニティを志向する素地が備わっていたことが伺われます。

(参考文献)
Donnachie, I & Hewitt, G. (1993) Historic New Lanark, Edinburgh: Edinburgh University Press.

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January 20, 2005

New Lanark part1 -intro-

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本当に久しぶりの更新です。前回までの用語集も引き続きアップしていきますが、今回はこの年末にいったNew Lanarkを見て行きたいと思います。ご存知の方もあると思いますが、ここNew Lanarkは世界遺産に登録されている場所なのですが、この場所の価値は、約200年前に「地域通貨」「生協」といった仕組みが導入された、実業家/ユートピアン・ソーシャリストであるRobert Owenの描いた理想のコミュニティだったということと、現在も約200人の人が生活をしているということにあるのだと思います。また、街全体が「コンバージョン+リノベーション」されているという、ヨーロッパでも最大級の再生プロジェクトとしても、非常に興味深い場所です。

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